日常ときどき妄想

退屈な日々をいかに楽しむか それが人生

ふとした瞬間のほっこりエピソードに泣きそうになった

ども。さぼりにさぼってボロボロになって帰ってきました。


色々なことがここ2週間ほどで起こり、感情の収集をつけるのが難しい日々。

ふとしたことで涙しそうになったり、他人の優しさを疑ったり。


そんな自分に嫌気がさして、癒やしが欲しいなとか思ってた矢先。


コンビニで、アイスとあったかいミルクティーを買った。

アイス2個と小さなペットボトルを、わざわざ別の袋にいれようとする店員のおじさん。

徒歩10秒の距離なので、"あ、いいですよ"と手を伸ばそうとすると

"溶けちゃうから。いいよいいよ、サービスサービス"


と茶目っ気たっぷりな笑顔で話しかけてくれた。

"あ、どうも"

と、照れくさいように答える。
なんか、久々だなと感じた。




おじさんも私も、お互いのことは何も知らない。
その行動には何の裏も意図もなく、ただ相手を思ってのものだろう。


仕事をしている中で、常に思惑だとか意味を求め、マネジメントを繰り返す日々。

当然、その思惑を理解できない人もいる。


そんな人々からの心無い言葉や、上司との板挟みに辟易していた矢先の出来事に、なにか心が解放されたような気分になった。


人と付き合っていく上で、相手の思ってることを汲み取るのは重要なことだ。

でも、汲み取るべき相手が多すぎたり、逆に汲み取った想いがこぼれてしまったりすると虚しい気持ちになってしまう。

私は、この2週間で経験したことにおいて、その虚しさを感じてしまった。

自分のやってきたことが実を結ばないどころか、逆効果であったことを突きつけられてしまった。



そんな私だからこそ、他愛もない笑顔を何の意図もなくかけてくるおじさんが、救いに感じたのだろう。


決して、病んでるとか鬱とかいうのではない。ただ、ちょっと面食らってしまっただけだ。

おじさんが救いになるくらいだから、私もまだまだこれからだ。



アディオス!